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東京地方裁判所 昭和40年(特わ)589号 判決 1967年1月25日

主文

被告人は無罪。

理由

(公訴事実)

本件公訴事実は、

被告人は、昭和四〇年七月二三日施行の東京都議会議員選挙に際し、板橋区から立候補した野村正太郎の選挙運動者であるが、同候補に当選を得させる目的で、氏名不詳者一、二名と共謀のうえ、同月一二日板橋区舟渡町一丁目八番地第一ガラス株式会社で、折竹寿江に対し、右候補者の選挙運動用五号ポスター一枚(無証紙)、同候補者の氏名、写真、略歴、決意、推せん者氏名等を掲載した文書五枚、同候補者の氏名を明記した日本共産党東京都委員会委員長名義等の「推薦御依頼」及び「推薦決定通知」と題する文書各一枚を配布したほか、別紙一覧表記載のとおり、同日及び同月一四日に、石塚長三ほか四名に対し、それぞれ「日本共産党東京都議会議員選挙予定候補者一覧(七月三日現在)」と題して右候補者の氏名、年令、現職、選挙区が記載されている文書二枚づつを配布し、もって法定外選挙運動用文書を頒布したものである。

ということである。

(無罪の理由要旨)

按ずるに、証拠調の結果によると、まず野村正太郎が昭和四〇年七月八日告示のあった即日届け出て、日本共産党から公訴事実指摘の東京都議会議員選挙に板橋区より立候補したこと及び被告人等が日本色素製造株式会社の労働組合執行委員長石塚長三、第一屋製パン株式会社庶務係員守衛代行服部徹也、扶桑軽金属株式会社警備員大関新一郎、東京渡辺製菓株式会社労働組合長佐藤正安に公訴事実指摘の日時、場所で、その指摘の予定候補者一覧表二枚あてを配布したこと明らかであり、又理研化学株式会社労働組合執行委員長山本博能が前同指摘の日時、場所で、同指摘の文書二枚の交付を受け、その交付者が被告人等であったろうことは略間違いないと認められる。

これに反し、第一ガラス株式会社労働組合事務員折竹寿江は被告人等からアカハタ数部の交付を受けたことが認められるだけで、同女自身が公訴事実指摘のような各種文書(これらの入った封筒も)を受け取った事実は結局においてまだこれを確認するに充分でない。(領置にかかる面会票その他の証拠物〔昭和四一年押第五一八号の一乃至三九〕の種類、内容、証人門脇弘泰の供述などからしてもなお疑問が残る。)

そこで次の問題は右予定候補者一覧表の配布であるが、被告人及び弁護人は、右はいずれも被告人等が右各会社の労働組合に対し、野村候補の推せん決定の依頼に赴き、その討議資料の一としてこれを行ったものである旨主張し、これに対し検察官は、右が真実被告人側主張のとおりであれば別として、本件配布は被告人等が野村候補に当選を得させる目的で、労働組合に対する推せん決定の依頼に名を藉り、同候補のための選挙運動の一環として行ったものである旨反駁するので、検討すると、≪証拠省略≫を総合すると、前記石塚、服部、大関、佐藤に対する配布行為はいずれも会社の労働組合に対する前記候補の推せん決定の依頼のための配布と認めるのが相当であり、これに引替え、前記山本に対する場合は、組合に対する推せん決定の依頼をことわられたため、その場の行きがかり上、同人個人に対し前同候補の応援を依頼して前記文書を交付するにいたったものであることが認められる。

ところで、右予定候補者一覧表が一応外形上選挙運動のために使用する文書であると認められるとしても、各労働組合の推せん決定及びその依頼行為が一般に選挙運動の準備行為として認容せられていることは検察官も敢えて争わないところと認められるところ、果してそうとすると、かような依頼行為は選挙の告示の前後によって取扱を異にされるべき理由はなく、そしてそれが告示後でも可能であるとすると、推せん決定をするにつき必要な討議資料の提出交付は告示後も当然なお許されて然るべきものといわなければならない。今本件のうち石塚、服部、大関、佐藤に対し被告人が前記一覧表を各交付した場合は、その文書の内容、枚数等に徴し各組合において候補者の推せん決定をするに必要な限度内のものであったと認めて差支えなく、いまだもってこれを違法な犯罪行為であったというにはあたらない。又山本に対して交付した場合は、前記認定のように組合に対する推せん決定の依頼をことわられたため、その場の行きがかり上、同人個人に野村候補の応援を依頼するにいたったもので、これらの事情からして、右一回的交付をもって直ちに頒布行為ということができるかどうか甚だ疑わしいといわなければならない。

以上これを要するに、公訴事実指摘の折竹に対する配布行為はなおこれを確認するに足らず、石塚、服部、大関、佐藤に対する行為はいまだ許されないものとは認められず、又山本に対する行為はなお頒布行為といえるかどうか疑わしく、結局被告人に対しては本件につき全部無罪を言渡さなければならない。

よって刑事訴訟法第三三六条により主文のとおり判決する。

(判事 中浜辰男)

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